軽トラ和尚の旅日記

軽トラの荷台に坐禅堂を積んで走る禅僧の修行

軽トラ和尚の旅日記

父の日に娘と孫娘からのプレゼントの中身は?

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 昨日のニュースは「母親>父親」だった。民間の研究所(博報堂生活研究所)のアンケートによると小学生は父親よりも母親の方を尊敬しているとのこと。当然であろう。素直な気持ちであろうし、こんなアンケートが一体何になるのであろうか。親子夫婦兄弟姉妹、いったい誰が好き?って聞いているようなものだ。

 昨日仕事から昼に戻ると、宅配の不在連絡票が郵便受けにあった。故郷の娘からの父の日の贈り物だった。中身は娘親子の手紙と、「とろろ昆布」そして「恐竜手拭いタオル」であった。それを涙ながらに開いているところに件のニュースが耳に飛び込んできたのだ。父なんか忘れてくれたらいいのに、大事に思ってくれている娘たちの気持ちが短いメッセージにいっぱい詰まっていた。

 親子の情について考えた。出家の身とはいえ、われとて人の親である。妻と別れ、子どもたちと離れ離れになって、ほとんど連絡もしないのだが、好き勝手に生きているのだが、今や流浪の身であるのだが、こうした贈り物を受け取ったり、LINEメールをもらったりしたときに、ふと淋しさを感じるときがある。昨日の夜がそうであった。

 阪神タイガースのトラが惜敗を喫し、男はつらいよの寅さんの映画のシーンに笑い、軽トラに載せる坐禅堂の段取りを行い、さまざまな思いが重なって「お酒」を呑んでいるこの虎は、今「おんな城主直虎」を観ている。(昨日の夜のこと)なんとタイトルが「さよならだけが人生か?」であった。

 さよならだけが人生だ。武士道でなくとも人生は「死ぬことと見つけたり」である。たった一度の人生ではないか。思う存分生きることが死ぬことなのだ。生きながら自分を殺して生きることはないのである。世間でも死んだ気になってやるというではないか。みんな必死のパッチなのだ。

 娘は「お父さん、元気にしていますか?」から始まり、孫娘は「げんきでね」で終わっていた短い手紙をなんども繰り返し読んだ。彼女たちからの贈り物は、元気まるごとであったし、愛情そのものであった。

演歌「別れの朝」はなんといっても藤圭子さんが一番だろう。原曲やロックもいいけれど、この歳になると、しみるのは演歌だ。いや、この唄は演歌が似合う。

 

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