軽トラ和尚の旅日記

軽トラの荷台に坐禅堂を積んで走る禅僧の修行

軽トラ和尚の旅日記

これが何だかおわかりですか?

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お寺の境内の片隅に、ポツンと置かれているコンクリートの塊ですが、フックが付いているので錘のようです。

今から10年ほど前に草刈りをしていて、何だろうと不思議に思い、今は亡き檀家総代さんに尋ねました。

「これはね、戦時中に供出と言ってお寺の鐘をお国に差し出したんや。その時、鐘楼に鐘がなくなったので、これを替わりに吊るしておいた。まだ捨てんとここにあったんかいな。懐かしいな。鐘楼というものは、倒れん工夫が凝らしてある。四本の柱がどれも中に向かって少し傾げてあるやろ。これを四方転びというんやが、真ん中に重たい鐘を下げることで、どこも緩まんし、倒れん理屈や。地震にもビクともせん。」

先人の知恵ですね。どんな状況でも最善を尽くされた先人方の知恵。これは捨てられんでしょう。これぞ文化財です。今は戦後に鋳造された立派な鐘が下がっておりますが、往時を偲ぶ記念碑でもあります。

この文化財の周りも黙々と草刈りをして下さった友に心からの敬意を表しつつ、思わず色んな思いを込めて合掌しておりました。

子供達を含めた罪なき人々が、テロの犠牲になりました。かたやテロ等防止法案が衆議院を通過。共謀罪絶対阻止を掲げる勢力は、このどこに潜んでいるかわからないテロリストたちの人権をも守るお考えでしょうか?

コンクリートの記念碑は、ただ黙っております。風雪に耐えながら、草に埋もれながらも、真の平和の在り方を問うているような気がしてなりません。

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